建国の父

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中東アフリカは今揺れています。
でもトルコは大丈夫なようです。
それはこのひとのおかげかも。
ムスタファ・ケマル・アタテュルク(Mustafa Kemal Atatürk, 1881年3月12日 - 1938年11月10日)
トルコは独裁政権下にありながら全体として国家の安定に成功した国と言われています。
アタテュルクは1926年自身の暗殺未遂事件後にこんな発言をしたそうです。
「私は私の生きがいである唯一のもの、すなわちトルコ国民を進歩へ向かって導かねばならない。我が国民が進歩への道をしっかりと方向を間違えずに歩けるようになったとき、私は全ての権力を手放すつもりだ。だが、我が国民の歩みは始まったばかりなのだ。すなわち、私を殺すことはトルコ国民の未来を奪うことだ。もっとはっきり言おう! 現在の時点においては私がトルコだ!」
 そして、これ以降、独裁的な指導力を握ったケマルは、大胆な欧化政策を断行しました。

 1928年、憲法からイスラムを国教と定める条文を削除し、トルコ語の表記についてもトルコ語と相性の良くないアラビア文字を廃止してラテン文字に改める文字改革を断行するなど、政治、社会、文化の改革を押し進めた。また、男性の帽子で宗教的とみなされていたターバンやトルコ帽(フェズ)は着用を禁止(女性のヴェール着用は禁じられなかったが、極めて好ましくないものとされた)され、スイス民法をほとんど直訳した新民法が採用されるなど、国民の私生活の西欧化も進められた。1934年には創姓法が施行されて、西欧諸国にならって国民全員が姓を持つよう義務付けられた。「父なるトルコ人」を意味するアタテュルクは、このときケマルに対して大国民議会から贈られた姓である。(wikipediaより)
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息子の幼稚園の入り口にもこんな飾りが。
すごい人なのはわかるけどこれはこわいよ。(笑)
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by kuromboturkey | 2011-03-05 16:58 | kurombo  

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